督脉通陽法を用いた風邪の治療の臨床例
結(ゆい)針灸院 藤井正道
小児は別として、風寒風熱の鑑別に日本ではあまりこだわらなくていいのではないかと考えています。もちろん鑑別は必要ですが、清熱が妥当な場合はあまり多くないようです。気虚や陽虚多く、湿も多いため、風熱でも灸を使います。清熱ではなく、発散をもって熱に対処する場合が、気虚陽虚がみられる場合には有効ではないでしょうか。そして鍼灸院に来院する患者に気虚陽虚は多いようです。虚熱がみられる場合でも灸することは禁忌ではありません。中国北部の乾燥した風土では、化火を警戒しなければなりませんが、冷房が普及し、寒湿をもたらす冷やした食物や湿熱をもたらす高カロリー食品を摂取する日本では、陽気を損なわず、湿を追い出すため、灸を大いに使うべきでしょう。
以下、督脉通陽法を風邪の治療に応用した臨床例を紹介します。
なお私のつかっている針は30番か8番の中国針
灸頭鍼の艾は棒灸を2cm程度切ったもので、10分ほど燃えます。
佐藤さん(仮名) 女性 50歳
陽虚タイプに督脉通陽法を用いた例です。基本的でオ−ソドックスな使い方といえるでしょう。
佐藤さんはもともと めまいや腰のたるさ痛み、膝の痛み
疲労感等で時々来院していました。
脉は渋 舌は胖大で淡紅薄白苔 舌の先付近にC斑みえる。 顔はほてる。食欲はある。
脾虚タイプ。肝胃不和もあり、肝の熱が胃へ伝わり、胃熱となり食欲をある程度増している。この頃は食欲はずいぶんおさまっていましたが。熱は上亢し顔はほてる。陽虚のため脉は渋、湿を代謝できないため、胖大舌となり、陽気が十分に上らないために、しばしばめまいをおこしている。湿は下に溜まるため、膝や腰の痛みだるさが多い。
5月28日
昨日からのど痛く、痰がからむ頭が痛いという主訴で来院。
脉は渋、舌に変化なし。風寒と考えた。もともと陽虚あるから、のどの痛みのような化熱症状あっても、通陽して熱を発散する処方が適当と考えた。佐藤さんはこのところ風邪をひいても熱がでたことなく、長く咳や疲労感が続くという。治療をすると、いったん熱がでるがすぐにおさまり、早く風邪が治ると説明する。
命門 棒灸 至陽 大椎生姜灸 百会 棒灸と平補平瀉で留針
合谷で 理気 発散 曲池で宣肺 合谷曲池大椎をあわせて使い発散去風解表宣肺の作用を強める。
風池で去風 太陽経と少陽経の通絡 風門で去風
太陽系の通絡
上星で去風通竅、鼻閉を治す 以上平補平瀉か瀉法
神闕 塩灸 中陽を奮い立たせ、下元を温補する、つまり中焦と下焦から湿を出す、健脾補腎効果がバランスよくあるということ
足三里 平補平瀉で灸頭鍼 健脾益胃
5月29日 熱は出なかった 同上の配穴
6月9日 前回の治療後 発熱 1日寝ていた。3日後にはすっきりしたという。
青木さん(仮名) 53歳・女性
この症例では、肝鬱気滞もあり、虚熱も結構みられます。灸法はちょっとためらう症例でしょう。前述の佐藤さんが、督脉通陽法の基礎編ならこちらは応用編といったところでしょうか。
主訴 喘息・肩こり
顎関節症を治療中 95年8月発症 右側が痛いが医者には左側の関節に問題あり
と言われている。
肩がこり、背中が痛い。不眠、途中で目がさめる。便秘・生理は早かったり、遅れ
たり。生理痛は無い。疲れると背中がよけい痛む気がする(気虚から太陽膀胱経の通り
悪くなる)。体は冷えやすい。やせている。
95年11月29日 初診
舌 舌色痰・歯痕裂紋あり・舌尖に暗赤色のC斑・舌は外に出にくい。
脈 右寸 沈細 重按無力 左寸 沈細 重按無力
右関 沈細弦 重按無力 左関 沈細弦 重按有力
右尺 沈細 重按無力 左尺 沈細 重按有力
弁証 気虚兼気滞 陽虚もある(11月末という時期から)。
顎関節症の痛みの部位は少陽経上にあり、やはり肝胆経の気滞を疑う。舌淡で弦
脈というところからも基本的には肝血虚だが、補血しても主訴はとれない。
補陽補気しつつ通経活絡する。
(臨床では教科書的な単純な弁証は少ない。この人の場合病気が長いので幾
つもの要素が絡み合っている。裂紋と舌色淡から肝血虚がベ−スにある。歯
痕もあり、歯痕のあたりにもC血があり、弦脈もあることから肝欝気滞もあ
る。喘息もあり肺が弱く気虚もある。おそらく最初は舌は淡ではなかった。
病機を推測すると肝欝気滞によって肝が脾を攻め、脾が弱り、血が生成でき
ず、血虚となる。さらに肺気虚から肺の湿が増え、肺の湿も脾に悪影響する。
そのため脾がさらに血を生成出来ず、血虚が進行したのではないか)
治療
命門・風府に棒灸。肝鬱化熱や血虚から虚熱を生じ、そのために不眠があるなか
棒灸はどうか、という声が聞こえてきそうだが、心配はない。督脉を温陽したあとは任脉を使い、化熱の弊害を防いでいる。気虚であるから、温陽補気して、理気してめぐらせる気を体内で準備することが大切。寒くなる時期だし、化熱はあまり心配しなくてもいい。3月や4月では化熱に注意が必要だろう。
右完骨・右翳風・右外関に2番の針(針を痛がる人だった)
理気とともに少しだけ瀉熱として作用している。
攅竹 膀胱経を通絡。 列缺 宣肺理気。
|中 理気粛降 督脈の陽気を任脈へ。(肝血虚なのであまり陽気を上げすぎ
ないため)
その後で気海に補法(|中の針を抜いてから)
太衝 活血 以上平補平瀉 復溜 補法補腎補陰。
12月 1日 鼻がすっとしてよく眠れたとのこと(鼻炎の症状があった
患者は鼻炎については当初触れなかった。針灸に痛みの緩和だけを求めていたのだろう。)
同上の治療。
12月 5日 あごの痛みが楽になってきている。
右完骨・翳風を電針に変更。
12月 9日 略
12月12日 あごの痛み楽になった。鎮痛剤中断しているが、痛みは無い。
背中の痛みが気になる。
命門・至陽・風府に棒灸。
隔兪・脾兪に平補平瀉(隔兪に圧痛あり。隔兪は活血。脾兪は健脾。
隔兪と脾兪で膀胱経を通絡する)
右完骨・風池に電針。
右外関 通絡瀉熱。
列缺・内関・|中に手技。抜針の後、気海に補法留針。
太衝
12月15日 背中軽くなった。
中略
96年1月26日 くしゃみ・鼻水が出て、背中痛い。咳も出てきている。
舌 淡黄膩苔・裂紋歯痕あり。風寒をうけた。もともと肝鬱化熱あるため黄苔がでているが、重要な所見ではない。
脈 右寸 細弦 左寸 細弦
右関 細弦 左関 細弦
右尺 細 左尺 細 いままで弱かった右寸口の脈が弦に変化している。
治療 大椎・風門に灸3壮(解表発散散寒)底辺3cmほどの母指頭大の灸、熱感を感じたらとる。
|中(宣肺降気)
曲池(宣肺)
支溝(理気)
後谿(小腸経を通し利尿し、湿をとると同時に頚部のこりをとる
後谿は大椎で督脉と通じており、大椎後谿をあわせて使うことにより督脉を通す。)
豊隆(去痰)
太衝(活血)
命門に灸をするかどうかは、実は迷った。冬ではあるが、この頃は時に暖かい日もあり、季節は少陽の気の上昇する春に向かっている。もともと少陽経の気滞のひどい患者である。補陽作用の強い命門に灸することで化火することを警戒した。大椎後谿で督脉通陽し、様子をみることにした。
1月27日
くしゃみ・鼻水は無くなってきたが、咳残る。朝ゼイゼイする(持病の喘息が出
てきたようだ)。解表は必要なくなったため、大椎・風門やめ、風府に棒灸して
補肺気。太衝やめて復溜へ。他は同じ配穴。(腎不納気。肺が気を粛降し、腎は
気を納める。喘息は腎不納気のため)同様の治療を2月9日まで4回。ほぼ喘息
の症状おさまる。
この治療は座位でした。宣肺粛降には座位のほうが効果があるから。
中略
風邪の治療は終わる。鍼灸の風邪の治療はすでになんらかの主訴、症状のある患者が途中で罹患する場合が多い。
3月 8日
自覚症状はない。
舌 舌色淡・淡黄膩苔・裂紋あり・舌尖にC斑
脈 右寸 細弦 左寸 細やや渋
右関 細弦 左関 細弦
右尺 弱 左尺 弱
3月11日
10日より頚部が前後左右動かない。気が上亢して上で詰まったもの(春の痛み)。
治療 大椎に梅花針の後、吸玉(大椎付近に細絡があった)。
頚部の動き楽になる。少し運動制限残る。(C血があるので黒っぽい血が
出る)
後谿・外関・太衝 座位で患者に時々頚部を動かしてもらう。
(後谿・外関は通絡。太衝は上がった気を下げる)
右側に少し痛み残ったため右夾脊穴Th1・2への留針10分。
頚部痛とれる。