邵先生の講義「肝胃不和」98・4・18

邵「今日の話のテーマは季節によって患者さんのからだは変化すると
いうことです。皆さんは臨床で患者さんを実際に見ていますが、最近の
患者さんは五心煩熱(手足のほてり)やのぼせなどの症状が見られ
ます。また、この時期の風邪は口渇や喉の痛みなどの症状が出や
すいです。これらは熱の症状です。これは季節が春に変わっている
からです。
われわれ針灸師は経絡を利用して治療をしますが、経絡の経気は
天気の影響を受けます。彼岸から陽気は上昇しています。陽気が
上昇するので熱は出やすくなっています。季節が春になると臓腑で
は肝胆に対応しています。春には肝陽が上昇します。そうすると
からだに熱の症状が出ます。正常な天気では春にはこのような熱
の症状がみられます。

しかし、いま外では大雨が降っていますね。先週もずっと雨でした。
さらに今週あたりから、電車やデパートでは冷房が入り始めていま
す。冷たい飲み物やアイスクリームなど冷飲冷食の問題も出てきて
います。天気の不順、冷房、冷飲冷食の問題から湿の問題がでて
きます。特に今年の春は雨が多く、急に暑くなったかと思えば雨で
冷えたりしています。このような天気では陽気の上昇が抑制され
ます。急に暑くなったり寒くなったりという気候では気滞となります。
春は肝の季節なので肝鬱となりやすいです。そうすると精神病に
なりやすくなります。

陽気の不足と湿の問題から胆経や膀胱経の病気になりやすい
です。坐骨神経痛とか、腰痛です。これらは天気の影響によるもの
です。
(戸外でかなり大きな雷の音が鳴る)
冬はめったに雷は鳴りませんが、春になるとよく雷があります。
これは熱のメ ッセージです。外で雷がある時、人間の体の中でも
患者さんの体の中でも熱が上昇 して、体の中も雷のような状態に
なります。

春は肝陽が上昇するために肝胃の問題が出てきます。
『肝胃不和』という言葉は中医の本の中によく出てきます。最近、
患者さんの中に胃がもたれるとか、背中が痛いという人が増えて
きていませんか? 背中の痛みは胃兪・肝兪・膈兪あたりに痛み
がある人が多いです。これは肝胃不和の代表的な症状の一つ
です。肝気が上昇すると胃に悪い影響が出てきます。肝気の上昇
は天気や季節、ストレスの影響を受けます。肝気は胃に入り、
正常な状態なら、肝気は胃から発散されます。しかし、胃は陽経
であり、冷飲冷食や天気のために冷やされて胃経の陽気が不足
していると、肝気は胃から発散できません。そのために肝と胃は
あわなくなり、肝胃不和となります。
例えば春には無力感、無気力、眠いなどの症状が出やすいです。
これは胃経の陽気が充分に上昇していないからです。胃経の陽気
が充分でないので肝気と胃が衝突すると肝胃不和となります。

肝胃不和でよく見られる症状としては胃痛があります。
治療には胃痛対策だけではダメで、疏肝理気の要素を入れます。
疏肝理気という言葉のうち、疏肝は肝を意味し、理気には肝の理気
だけではなく、実際には胃の理気も意味しています。よく使われる
ツボは中かん・足三里・内関・陽陵泉・太衝です。中かん・足三里は
止痛と胃経の理気の意味があります。陽陵泉と太衝は疏肝の作用
があります。陽陵泉は瀉熱の作用も少しあります。内関は理気です。
春の胃の病気には理気が重要な要素です。

次に腹痛です。中腹と少腹が中心の腹痛です。このような症状には
内関・中かん・天枢・太衝を使います。天枢は腹痛で腹部のツボだ
から取るわけではありません。天枢は利水の作用があります。
余計な水分を体外に排出したら、陽気は上昇します。特に天枢・
中かん・内関の組み合わせは理気の作用を強く出来ます。

ゲップという症状もよく見られます。このような症状には太衝・内関
・期門・足三里・だん中が使えます。内関・足三里は理気が中心
です。太衝とだん中は強い理気の作用をもっています。太衝と
だん中はうつ病の治療にも使われます。精神安 定の効果があり
ます。

春には肝胃不和から、このような症状が見られやすいです。また
最近はこむらがえりの患者さんがみえやすいです。こむらがえりは
筋肉の痙攣であり、関係する臓腑は肝です。肝胃不和の要素も
考えられます。中かん・足三里・肝兪・膈兪・豊隆・陽陵泉などの
ツボで治療します。中かん・足三里は理気です。肝兪は肝に
つながりますし、豊隆・陽陵泉も肝中心の治療です。

またこの時期にはイライラ・精神不安定などの症状がよく
見られます。最近、少年犯罪が新聞で話題になっています。
肝の動きが原因にあるのかもしれません。治療には中かん・
だん中・太衝・内関・豊隆を使用します。中かん・だん中は理気
の作用があります。豊隆・太衝・内関は肝胆中心の治療です。

胃痛・腹痛・ゲップのツボは胃の治療が中心となっています。
こむらがえり・イライラ・精神不安定のツボは肝の治療が中心
です。胃では胃腸の症状、肝では筋肉や精神症状がでます。
胃が弱い人は胃の症状が、肝が弱い人は肝の症状が中心に
出ます。肝の症状が出る人は、胃腸は丈夫で春になると食欲が
出てよく食べます。若い人は食欲もあり、肝の症状は出やすい
です。」

会員「胃の熱が肝の熱に転化するということですか?」

邵「そうです。胃熱が肝にうつりますし、肝の熱は胃にうつります。
胃腸の丈夫な人は胃の陽気もたくさんもっています。春に自然の
陽気上昇による影響を受けて熱が 出やすくなります。熱が出や
すくなると胃の熱が逆に肝のほうに行くこともありま す。
春に会員のかたで最近、口内炎になった方はいませんか?
口内炎はどちらの問題だと思いますか? 胃腸が弱いと口内炎の
問題となります。口内炎は中医の本の中では陰虚熱とされて
います。口内炎の治療の代表的漢方薬は黄連解毒湯や温清飲
になります。これは虚熱をとります。胃腸が弱いと肝の熱が胃に
いって虚熱となり、口内炎となります。口内炎で食欲がある場合
はなく、胃熱はありません。
口内炎は肝と胃に関係しており、春先は口内炎が多発する季節
です。また逆に春先に口内炎ではなく、唇にヘルペスが出来る
人がいます。ひどい人は水泡ができます。
こういう唇に帯状疱疹がある人は胃熱をもっています。春に食べ
過ぎなので、ご飯を減らしたら治っていきます。どちらも肝胃を
中心に治療すれば良いです。」

会員「口内炎というのは胃陰虚と考えれば良いのですか?」

邵「胃陰虚です。炎症があるので胃に熱があります。この熱は
胃からとるわけにはいきません。胃は陽の臓腑なので、胃から
瀉熱すると胃の陽気がなくなります。それでは治療効果も悪く、
胃の元気さが無くなります。こういう時は肝から熱をとります。
肝は陰の臓腑なので熱があると余分です。そこで肝から余分な
熱をとります。多分、今日来ている先生方の中に口内炎に
かかったことのある先生はいると思います。
口内炎にかかるとイライラすることが多いですが、これは肝に
熱があるからです。 肝熱をとるのに一番いい方法は何ですか? 」

会員「行間とか大敦を使います。」

邵「そうです。大敦の瀉熱をすれば良いです。大敦の瀉熱は
痛いですけれども(笑)、口内炎の患者の七割は治ります。
胃熱をとるよりは肝熱をとった方が良いです。ここまでは理論的
なこととツボをならべてきました。ここまでで質問はありますか? 」

会員「肝胃不和の治療穴で内関をよく使っていますが、何故
内関を使うのですか? 」

邵「内関は手厥陰心包経で肝には直接関係は無いけれども、
さきほど紹介したツボの中で多く使っています。手厥陰心包経
の特徴は熱を一番もっているということです。
先ほどの藤井さんの講義で、膀胱経にあまりたくさん針をすると、
膀胱経の陽気を弱めてしまうというお話をされていました。
足太陽膀胱経は陽経で陽気をもっており、膀胱経を瀉しすぎる
と体の陽気を弱めてしまいます。心包経は熱をもっており、
これは瀉してもかまいません。
春は陽気の上昇する季節です。肝の陽は上昇しますが、肝は
もともと陰の臓であり、陽は不要です。この陽(熱)をどこから
体外に出すかが問題です。例えば胃経の中かんを瀉法したら、
陽経である胃経の陽気が弱まってしまいます。そこで心包経
から熱を出します。ここで皆さんは疑問に思うはずです。
『何故、三焦経や胆経ではなく、心包経から出すのか?
三焦経の中渚や胆経の風池でもいいじゃないか?』
皆さんどう思いますか? 何故、内関を使うのですか?」

会員「三焦経や胆経は少陽経で、春は少陽経の陽気があがり
かけている季節です。せっかく少陽の陽気が上昇しつつあるの
に少陽経を瀉法したら、少陽の陽気が弱くなります。そこで、
心包経は陰経であり陽があっても余分なので、足厥陰肝経と
同じ厥陰経の心包経から瀉熱します。」

邵「そうです。ここで二つのポイントがあります。一つは春は
少陽の陽気が上昇する季節であり、少陽経の瀉熱はよくない
です。もう一つは足厥陰肝経も手厥陰心包経も厥陰経であり、
厥陰経の中に熱が余ったらいらないので、瀉熱すれば良いです。
こういうことは実際に針灸する時に重要なことです。一般的な
針灸の本でも胃腸の症状に内関が書いてあります。しかし、
春に内関を取穴するのは胃腸に対する配穴だけではなく、
瀉熱の意味があります。季節によって同じ病気でも使うツボが
変わってきます。季節によって使うツボを変えれば、患者さん
の体の経気のめぐりをより上手に改善できます。内関に関する
質問は良い質問です。もし疑問があれば、講義の途中でも
どんどん質問してください。」

邵「次に症例の検討をします。
45歳の男性です。主訴は背中の痛みです。督脈の至陽から
身柱を中心に痛み、そのまわりの膀胱経も痛みます。職業は
コンピュータソフトをつくることです。三月中旬から背中が痛み
始めました。夜と昼は変わらず痛みます。ただ、ゴルフをした後
は2,3日は痛みがとれます。脈は無力です。紅舌で白苔です。
舌はやや乾燥しています。睡眠時間はとれていますが、夢が
多く、夢の内容は覚えていません。次の朝はしんどいです。
このような症状には薬を飲んでも効きません。針灸が一番有効
です。」

邵「この患者さんは夢は多いけれども、夢の内容は覚えていま
せん。夢を覚えている人は熱を強くもっています。夢を覚えて
いない人は熱の要素は少なく、気虚です。紅舌で苔が乾燥して
いる患者さんは多いです。苔が乾燥した舌は、水が少ないという
よりも気の不足があります。強い熱があるときは苔が黄色になり
ます。この患者さんは白苔で、気虚です。気虚で熱も少しあります
が、どこの気虚があり、どこに熱があるかが問題です。
藤井さん、どのように治療しますか?」

藤井「先に膀胱経の走罐法をしておいて、命門は使わずに、
中枢・至陽・身柱を灸頭針で督脈を温通させます。後で内関に
平補平瀉します。理由は、舌苔は乾燥して舌も紅色だから気虚
や陰虚もあるんでしょうけど、陰虚では痛みがでません。局所に
気が滞るから痛みが出ると考えました。痛みが出るのは膀胱経
に湿がたまっているか、陽気が昇る季節に陽気が不足している
ために陽気がうまく昇らないからだと思います。膀胱経の走罐法
で膀胱経の湿邪をとります。内熱もあるのであまり補陽すると
いけないので、命門など強い補陽のツボを外して 中枢・至陽・
身柱の灸頭針で督脈を温通します。多夢があり、虚熱があるの
で内関で平補平瀉して調整します。」

邵「その通りです。こういう痛みの患者が来た場合、痛みがある
ところは詰まっています。この患者さんは難しいとは思いますが、
実際の患者さんです。この時期に痛みがある患者さんは肝気鬱滞
です。そしてこの患者さんは陽気の上昇が悪いです。今 は春先で
陽気の上昇する時期ですけど、この時期は他の患者さんも陽気の
上昇は悪いです。督脈や膀胱経は陽の部分で、陽気が上がらない
と陽経が詰まって痛くなります。そして今年は雨が多く、陽気が不足
している上に、暑さと寒さが交互に来ているので気滞になりやすい
です。この時期、紅舌で熱がある場合は内関で心包経から熱を
とります。膀胱経の走罐法で湿をとれば、陽気もあがります。私が
この症例を出したのは春先の紅舌でどうやって熱をとるかということ
を問題にしたかったからです。春先の熱は内関でとれます。内関
は熱もとれるし、胃腸の調整も出来ます。痛みの出ている至陽は
胃のあたりです。内関で胃腸の調整もできて一石二鳥です。
この人は気虚なので胆経などで瀉法すると気虚が進行します。」

会員「この熱は心の虚熱と考えるのですか? 」

邵「この熱は心熱ではなく、全身の熱です。講義で説明したように
春になると全身の陽気が上がっていきます。この熱は余分なので
どこから出すのかという問題です。そして熱を出すときに心包経を
使うということです。」

藤井「経絡がうまくめぐっていないための鬱熱みたいに考えれば
良いのでしょうね」

邵「そうです。今は季節が変化し、経気も変化しやすい時です。
経絡もうまくつながらない、うまく経気がめぐらないという特徴が
あります。この症例にもう一つプラスするなら、合谷・太衝です。
合谷・太衝はこの季節にお勧めのツボです。四つのツボを同時に
使うことで全身の気の循環が良くなります。ゴルフをした後、一時
的に楽になるのは動いたために気の循環が良くなるからです。
ただし、毎日ゴルフしたら気虚が進行してひどくなります(笑)。
春は肝の季節なので気のつまりが起こりやすいです。この季節
は気のめぐりをよくすることが大事です。ですから今月は膀胱経
の走罐法はどんどんやってください。
もう一つ、春は熱の出やすい季節です。患者さんがイライラして
熱の症状があれば、内関でとってください。さらに気のめぐりを
よくするために合谷・太衝は全員に使ってください。」

邵「もう一つの症例です。これは少し難しいです。しかし、実際の
患者さんです。十六歳の女性です。主訴は一週間前から右の手
が挙がらないです。十六歳なのに五十肩です。一日に三十回
ぐらいトイレに行きます。この患者さんはさらに、学校にも家にも
三十代から四十代の男性がつきまとっていると言っていますが、
母親はそんな人はいないと言っています。舌は舌尖紅で、黄色の
膩苔、数脈で心拍数は120回です。血圧は上が65で下は30
です。」

邵「手が挙がらないのは経絡と関係しています。小腸経・三焦経・
大腸経などの経絡は気と湿に関係しています。やはりこれは気の
問題です。トイレもよく行っているし、気の不足があります。母親が
針が好きなためにこの患者さんはその針灸院に来ました。針灸院
では肩に針をして吸玉をするという治療をしました。しかし、治療
直後から手が痙攣して動かなくなりました。これは手法しすぎて
気がもれてしまったためです。
春先は肝の季節なので肝鬱、うつ病になりやすいです。
この患者さんは気の不足で、肝が気を疏泄できないです。全身の
気の不足のため、利湿機能もおちて、湿がたまるために膩苔も出て
きます。湿が加熱するので黄膩苔となります。トイレにはおしっこが
出る出ないに関わらず、強迫神経症的に行きます。こういう症状が
あるのは腎の虚ですか?膀胱の虚ですか?
これは膀胱経の気が虚しているからです。風邪をひいた後はトイレ
に行く回数が 多くなるという経験があると思いますが、それは
肺気虚と膀胱経の気虚です。
この患者さんは紅舌ですが、気虚のため温陽の必要があります。
紅舌は春の季節的な熱が出ていると考えます。督脈温陽法と神闕
の塩灸をしただけでこの患者さんの腕は上がりました。
一回の治療で治りました。本当は神闕の塩灸の後、他のところに
針をしようとしていたら、もう腕が上がりました。でも最初は本当に
腕は上がりませんでした。
この患者さんのポイントです。春先は陽の上がる季節なので、
治療法でも補気補陽は必要です。陽が上がるのは自然のルール
です。熱があってもすぐには瀉熱はしません。熱をとるのなら、
心包経などを使います。このような患者さんがいつ頃変わるかと
いうと梅雨に入る頃に変わります。梅雨に入る前に補陽する必要
があります。

会員「この患者さんの数脈というのは実熱ではないんですか?」

邵「これは虚熱からの数脈です。この患者さんは気虚で黄膩苔が
出来ています。こういう患者さんは黄膩苔もあるし、熱あるからと
いってすぐに瀉熱するとかえって悪化します。」

藤井「妄想がありますから、この治療では上に上げるということで
いいですけど、この患者さんは痰証ですね。」

邵「そうです。この肩の治療は終わりましたが、本当は後で痰の
治療をすべきです。今日紹介した肝胃不和のツボであるだん中・
中かん・豊隆・合谷・太衝などを入れてしばらく治療すべきです。」

藤井「最初は補気して、理気の鍼を受け入れる体をつくってから
去痰の治療をすべきということですね。」

邵「そうです。それは一つのポイントです。この患者さんにいきなり
去痰の治療をしたら、患者さんの体調が悪くなる可能性があります。
今日はこれで終わります。」