日本での鍼灸の補瀉を考える
中医師 邵 輝

99年のTAO鍼灸療法12号に掲載したものです。
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鍼というのは、通じさせることが重要です
鍼というのは、掃除みたいなものです。通じさせることが重要です。私が、祖母に鍼を教えてもらう時、つねづね「鍼灸師は川の掃除屋」と言われました。川はよく流れることで万物を潤し、栄養分を届けます。川の流れが滞ると実となります。
中国の先生は理気や破気という難しい区別が好きです。しかし、理気と破気の違いというのは、実際には、この言葉を言う先生もあまりわかっていません。どこまで刺して、どのような手法をしたら理気になり、破気になるかというのは難しいです。人体というのは複雑です。最近、西洋医学の先生方は実際に患者さんを触ることは少なくなっています。最近は聴診器の使い方を知らない若いお医者さんが増えてきています。しかし、鍼の場合は、自分の手で患者さんの身体に触ります。さらにツボに触れ、鍼を刺して、補になるか、瀉になるかは直感が一番重要になります。日本に来ている中国の鍼の先生方は、よく「わたしは補瀉ができます」とか言いますが、外気功でやるように本当に補法をしたら鍼灸師の身体はすぐに壊れてしまいます。充分な訓練もなしに、気を出しすぎると気虚になります。実際、補法をすると鍼灸師の寿命は短くなります。だから、自分の気を患者さんにいちいち送るのは実際の臨床上、不可能です。湯液には補剤がありますが、ここのところは鍼の特殊な面です
日本の患者さんの経気は北京の患者さんよりも、浅いところを流れている
鍼では患者さんの経絡の調整が一番重要です。補法とか瀉法よりも、通じさせることが重要です。痰湿という概念は鍼では一番重要です。とくに湿邪の多い日本では重要です。痰湿があると経絡がつまり、経絡がつまると痛みが出ます。痰湿をとるには一番良いのは平補平瀉です。痛いところに刺して、平補平瀉したら経絡が通じて痛みがとれます。 鍼の基本は通じさせることです。
一般的にいって日本の患者さんの経気は中国の北京の患者さんよりも、浅いところを流れている場合が多い様に感じています。おそらく寒暖の差が大陸に比べてあまりないこと、空調が発達していることなどが影響しているのでしょう。
だから焼山火のような深い部分の邪気を相手にするような手法は必要な機会がすくないようです。灸頭針やお灸で、必要な深さまで熱を届けることができるからです。北京では灸頭針の熱くらいでは、邪気に届きません。
日本は、経気が浅いところを流れ、湿邪がからむ場合が多いですから、灸頭針やお灸を多用すべきだと思います。
日本で浅刺のやり方が発達しているのもその辺に理由があるのかもしれません。
中国は陰虚が多い日本は湿邪が多い
中国と日本は違います。中国では陰虚が多くみられます。今年、中国の黄河のあたりは水不足で、世界の三大河川である黄河が干上がって、流れが止まっています。中国は乾燥しきっています。それに比べ、日本は湿気が多いのが特徴です。中国に多い、陰虚の患者さんは、気陰両虚の面があります。化熱することにも充分な注意が必要です。だから、中国では補気の治療として気海とか足三里を使うことが多いです。中国で気をめぐらせるツボは三陰交です。三陰交は三陰経が交会しているので、陰が調整できます。
中国と違って、日本では湿気が強いので、補陽して湿気を燃やすことで蒸発させる必要があります。湿が陽を阻むため、中国ほど化熱への注意もいりません。だから、日本ではお灸を使う必要があります。また陽経の督脈や膀胱経を使う必要があります。
日本漢方や日本鍼灸の先生は西洋医学の考え方で治療しています。たとえば、アメリカで新薬ができたとします。インターフェロンなどの治療薬がアメリカの論文で発表されたら、日本でもインターフェロンを使えます。しかし、中医学では違います。中国で補気の配穴として気海・足三里・三陰交を使うからといって、この配穴をそのまま日本に持ってきたら大きな間違いを犯します。これは西洋医学の発想です。東洋の哲学では、こういう考え方はしません。中医学の弁証と経穴の穴性を深く考えれば、日本での配穴もおのずとでてきます。
日本では湿邪が多いから、補陽が必要です
ツボというのは、ある意味どうでも良いです。先生によってツボの使い方は違いますし、例えば、足三里というツボの場所は十人の鍼灸師がいたら、十個所の足三里があります。中医学ではツボよりも理論を重要視します。日本では湿邪の要素がありますから、補陽の要素が必要となります。いくら良い車でもガソリンを入れないと走りません。気を動かす力として補陽します。これが鍼治療の根本的なところです。現在の鍼灸の先生は局所の治療が多いです。これは昔の日本人には通用しました。局所に刺して、経絡が通じたら楽になりました。しかし、いまの日本人は違います。現代人は夜遅くまで働いているし、空調が発達しています。夏に陽気を補うことも、冬に陰気を補うこともありません。陰気も陽気も少なくなっています。日本では湿気が多いので、お灸などを使って補陽する必要があります。
もう一つ重要なところは、鍼治療では気をまわすことが重要となります。気の循環をさせます。「陽が長ずれば、陰が生じる」という言葉があります。陽気が動かないと陰も生じません。補陽したら陰も増えます。これが西洋医学との発想の違いです。陰と陽はずっと動きつづけています。一番わかりやすいのは韓国の国旗の大極旗です。陰が終われば陽となり、陽が終われば陰となり、グルグルまわり続けています。
単純に補陽したら化熱する可能性
痰湿をもっている患者さんは、単純に補陽したら化熱する可能性があります。、わたしはいつも督脈温陽法をお勧めしています。督脈温陽法は、通陽するので化熱する可能性は少ないとは言っても、熱証のきつい患者さんなら化熱する可能性があります。そこで気をめぐらせるツボと組み合わせます。例えば合谷と太衝、これは四関穴です。全身の気を循環させる効果があります。合谷は清熱去風、太衝は平肝理気の作用があります。督脈の陽気を全身に回します。
行間 丘墟 陰陵泉 これは湯液でいえば竜胆瀉肝湯の処方です。肝胆経の熱をとり湿熱をとります。これらの経穴を適時 使い化熱を防ぎます。
ほかの使い方としては、照海や復溜で腎気を動かすという方法があります。腎気が動いたら、オシッコが出ます。利湿、利水したら化熱する可能性が少なくなります。太淵や列缺も有効です。太淵や列缺は肺経で、肺は水の上源で利水を強めます。肺は陰の臓器でもあり、陰陽のバランスもとれます。このようにして気の循環をよくして、気をまわします。

鍼治療で重要なことがあります。患者さんの胃気です

鍼治療ではもう一つ重要なことがあります。患者さんの胃気です。胃気というのは後天の気です。ここで問題になるのは補瀉の問題です。中医学を学び始めた先生方に、高い高い壁があります。これはなかなか超えられない壁です。それは補瀉の問題です。中国の文献に(+)(‐)(±)といった記号があります。これは補瀉や平補平瀉を表しているのですが、こういった記述はどこまで信頼できるのでしょう?
鍼治療の特徴は、患者さんに「気の合う」人が集まることです。鍼灸師の体質に似ている人が集まってきます。これは鍼灸師の特徴です。内科のお医者さんでは、こういう事はありません。鍼治療では、鍼を通じて患者さんと鍼灸師の身体は一体になることがあります。本当の中医学の治療で、補瀉は最も高度な問題です。簡単にはいえません。とりあえずは身体の自然な性質にあわせて治療していくことが最も重要です。だから、胃気の調整は大切です。胃気というのは、食欲のことです。お年寄りの場合はとくに胃気が大切です。お年寄りでは、よく食べて、多量に尿や便が出ることが健康の条件です。後天の気の調整が大切です。じつは腎気を補するのは不可能です。鍼を通じて気を送ったところで腎気を補うのは無理です。その患者さんを生まれ変わらせるわけにはいきません。鍼灸治療では、自分の身体から気を送るのではなく、患者さんの督脈や任脈、腎経といった患者さん自身のエネルギーが出る経絡の気を利用して、気をめぐらせます。経気を増やし、経気をめぐらせたら邪気がとれます。邪気を出すだけなら、西洋医学の外科と変わりが無いです。気をめぐらせ、経気を増やすところが大切です。
補瀉については否定しませんが、最初からこだわる必要はありません
だから、全身の気の調整をして患者さんの食欲を調整します。補瀉については否定しませんが、最初からこだわる必要は無いです。鍼の経験を積んでいるうちに、その鍼が補になっているか、瀉になっているかは自然にわかってきます。中国と日本の鍼は違います。中国の鍼では得気を重視します。得気、響きは補法でも瀉法でもありません。得気すると患者さんの気の動きがわかります。これは穴の響きを言い、痛感覚では無いです。鍼灸師は刺鍼時、手から気の変化を感じ取ります。気至の時に観察をします。『霊枢・根結』「邪気来也緊而疾、谷気来也徐而和」。これは楊上善の注釈中に、鍼灸師による針感の感じ方が二つあるとあります。一つは鍼刺の補瀉時に体内の反応をうかがいます。もう一つは脈診により、脈の変化から気至のことを判断します。
瀉法により、充満の邪気を弱くさせ、補法により虚弱の体の正気を強くさせます。これは脈に必ず変化があります。治療前の脈と治療後の脈を比較して鍼の効果を判断できます。治療前、治療後の脈の強弱、左右差、脈の有力無力などは、脈診ができなくても簡単に観察できます。日本では細い鍼を使いますから、あまり得気はしません。しかし、日本人は中国人よりも繊細なので、得気しなくても気はわかります。日本の鍼灸師の説ですが私も同意できる面もあります。だから、得気はしたほうが良いですが、しなくても良いです。(談)
談話の整理 藤井 正道(関西中医鍼灸研究会 結/ゆい/針灸整骨院)